WBC
WBCで日本が、キューバ戦、オーストラリア戦ともに快勝している。
1戦目のキューバは優勝候補なだけに心配したが、なんの事はない大差での勝利。
2戦目のオーストラリアも危なげ無く勝った。
キューバ戦では山田のあわやホームランというシーンで、スタンドの少年が捕球してしまい、ビデオ判定で2塁打となった。
試合の流れに水をさす、やってはならない行為だと思う。少年だから許されるということでは無い。勝ったからいいものの、負けてその負が後々の最終結果に影響を及ぼしたなら、判定が影響を及ぼしたなら、子供のした事では済まない。
山田選手は、しっかり打ち込まなかった僕が悪いのだから、少年を責めないで、と言ったのは間違っている。しっかり打ち込んだHRと、ぎりぎり入ったHRと、ともに等しくHRなのだ。それがルールなのだ。
こうした日本人の優しさは、時として思いがけない不利益をもたらす事もあるのだ。今回は事なきに終わったが、言うべきは言うべきだと思う。
米大統領選、トランプは終わったな…。
米大統領選。先日、トランプの女性醜聞の隠し撮り録音が暴露された時、これで勝負あっただな…、と思った。
しかし最近、(自分の敗戦の)選挙結果を受け容れない趣旨の発言をしだした。これはいけない。見苦しいの一言である。これに、クリントンにも、オバマにまでも、泣き言は言うなと言われてしまった。
やはり泣き言に聞こえる。選挙が不正だとが、マスコミのせいだとか、例えそうであったとしても、そう言えば言うほど、小者に見えてしまうのに。
少しはトランプに期待していた事もある。日本の、アメリカらかの自立が前進するかもしれないと思ったからだ。
9条を守れ、とか言ってる人たちは、日本がアメリカの核の傘に守られ、安保に守られていることを、無意識の内に、大前提としている。それが無くなれば、9条を守れと言う人達の相当数が、日本が丸裸であることの危うさに気が付くのでは無いか。そう思ったからだ。
でも、トランプが大統領になる事は無いだろう。
森喜朗•元総理を、役職乞食と言った者がいる。
それは、山口敏夫•元議員である。この前の都知事選にも出馬していた。とにかく、それなりの役職に着きたがるそうである。
そう言えば、総理を引退した中では、今でも表舞台に出続ける筆頭であろう。総理現役時代は三流総理のイメージが強く、間違って総理になった人…的な印象を持っていた。とにかく、実力がない、総理としての国家感も、国の行く末を見通す眼力なども、全く無いように見えた。
それが、総理時代以上に活躍?してるのか、どうも不思議だった。その疑問が解けた気がする。役職を手に入れるのに、いろい画策したのだろう。山口氏の森喜朗についての暴露話を聞いてると、何故か納得する。役職乞食、オリンピック組織委員会の会長もそうした一つか。
今日は、地元の祭りだった。
この3連休が、祭りだった地域は多いと思う。私の住んでる町内会でも神輿が出た。子ども神輿だが。大人神輿はめったにないのかも。
いつぞや、テレビコマーシャルでこんなセリフがあった。「祭りは、始めるまでの準備するところに意味がある。祭りは始まれば、後は終わるだけなのだ」、そんな語りだった。誰かの言葉なのが、ググってみたが、わからない。
しかし、とても響くものがあった。同じ地域の者同士であっても知らない人だったり、知ってても喋ったことない人などと、祭りの準備作業をする。やり方も考えも微妙に違うが、そのズレに戸惑いながらも、共同作業を何とか進めていく。
僅かだが連帯感も出てくる。正直、この人とはやりたくないと思う相手もいる。それでも、兎に角やっていく。それしかないから。
仕切る者が何人も出て、纏まらない。やり方も違う。それでも、何とか準備を進めなくてはいけない。自分の思いと違う進め方になりながらも、当日を何とか迎える。
そしていよいよ当日。ささやかながらも、華やかさもそれなりに、祭りが始まる。いよいよ始まる。無事に始まった安堵感がある。
祭りは、準備をするところに意味がある、とはよく言ったと思う。ほんとにそう思う。
料理の出来る男に憧れて…!
最近、料理をする様になった。時間が無いので週末だけだが、家族4人分を作る。料理はした事が無かったので、レシピどおりに作る。ただ、「作り方」を見ただけでは分からない事だらけ。なので料理中に、「お〜い!」っと女房に聞く。面倒がられるけど。
まだ始めて1月だけど、毎回、食材や調理法の違う料理になる様に意識してる。一般的な食材を経験し、一般的な調理法も、サラッとでいいから一覧しておくのはとてもいいと思う。
若い頃も、料理が出来るの男はカッコイイと思ってた。当時、それを聞いたある女性から、それならこの本がいい、と勧められた料理本を買った事があった。でも、その本は私には失敗だった。それは、帝国ホテルの名シェフたる、故村上シェフの書いた本だった。
何が失敗かというと…。
村上シェフがその本の冒頭で言ってたのは、アレコレと手を出すより、1つの料理を深めた方が、料理の上達に繋がる、っと言った事だった。で、その本は卵料理の本だった。卵を使った料理だけが、たくさん載ってた。卵を使った料理は料理のいろんな技法が詰まっていて、だから上達にはいいとか。
でもその本を見ても、作る意欲が沸かなかった。いつも見て食べてるけど、作れない料理。それが作れるようになれた方が楽しい。一つの料理を極めるより、広く浅く「一応、作れる」状態に持っていくのが、料理の入門編、導入編には向いてる様に思う。少なくとも、私には向いてる。
村上シェフの本は、多少、専門的すぎたかも?初心者、特に日ごろ料理をする必要のない男にとっては、続けられる事、興味を持ち続けられる事が、上達に一番必要な事だと思う。
このブログを書いてる今日は、三連休の中日。夕べは「手羽元の甘辛さっぱり酢」その他。「手羽先」は知ってたが、「手羽元」は知らなかった。今日も作る。料理を始めて、それが何とか続いてると、自分に出来る事が1つ増えた、自分の自由度が1つ広がった、そんな感じがする、大袈裟だけど。
料理を覚え様とは思うが、未だ出来てない人は、一般的な料理を、広く浅く、一通りやって見る事をお勧めする。その後どうするかは、それぞれだと思う。